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仙台高等裁判所 平成2年(ネ)72号 判決 1992年12月08日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人は被控訴人に対し金四〇二万二〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。

五  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

理由

一  本件請負契約の成立及び施工、本件請負代金の一部弁済、相殺の自働債権である本件請負工事の遅延による控訴人の損害賠償請求権の存否については、次のとおり付加訂正するほか原判決記載のとおり(一〇枚目表一行目から一六枚目裏五行目まで)であるから、これを引用する。

1  原判決一一枚目表七行目から同一〇行目までを「被控訴人は、同年六月一日、右建築工事に着手したが、本件建物の建築には、右請負契約には含まれていない、本件建物の基礎部分及びこれに接着した部分にかかる擁壁工事(以下「建物部分の擁壁工事」という)を先ず施工することが必要であつたため、後日見積書を提出し請負代金を取り決めることとして控訴人から口頭で右建物部分の擁壁工事を請け負い、これを施工したうえ、本件建物について鉄筋工事等の躯体工事を進めた。右建物部分の擁壁工事の見積書(甲第五号証の四)は、同年七月頃被控訴人から控訴人に提出されたが、その見積金額は三四〇万円であつた。」と改める。

2  同一一枚目裏三行目の「請け負つた。」の次に「但し、同年一二月に至つて、被控訴人会社の山崎建設課長は控訴人に対し、右擁壁工事と本件建物部分の擁壁工事の代金を減額し合わせて九六三万円とする旨の意思表示をし、控訴人はこれを承諾した。」を加える。

3  同一二枚目表七行目の「本件第一工事については、」の次に「本件建物部分の擁壁工事を先ず完成したうえ、」を加える。

4  同一二枚目裏二行目から一四枚目表四行目までを次のとおり改める。

「3 ところで、控訴人は、本件建物部分の擁壁工事は本件第一工事と一括発注し請負されたものであると主張し、控訴人本人(原審第一回)も、右擁壁工事は本件建物の躯体工事と一体をなすものであつて、本件第一工事と別個の工事ではなく、右工事の一部に過ぎない旨供述する。

しかしながら、前認定のとおり本件第一工事の請負代金は二三八〇万円であり、原審証人山崎喜栄の証言によれば、それは甲第五号証の一の見積書の見積金額一九〇〇万円と甲第五号証の二の見積書の見積金額四八〇万円の合計金額であることが認められるところ、右二つの見積書にはその内訳を見ても擁壁工事に関する記載がなく、しかも本件建物部分の擁壁工事の見積書(甲第五号証の四)は前認定のとおり甲第五号証の一、二と異なつて本件第一工事の請負契約締結の後に作成され提出されているのであり、これらの事実と、控訴人本人(原審第一回)自身も被控訴人会社の山崎に擁壁工事は九百何十万円といわれた旨供述している(右山崎から控訴人に対し本件第二工事の擁壁工事と本件建物部分の擁壁工事の請負代金を合わせて九六三万円とする提示があつたことは前認定のとおり)こと、それに原審証人山崎喜栄の証言に照らすと、控訴人本人の前記供述は到底信用することができず、前記控訴人の主張は採用できない。

なお甲第二号証の請負契約書が存するところ、原審証人山崎喜栄の証言によれば、右契約書は本件建物部分の擁壁工事の見積書(甲第五の四)と本件第二工事である擁壁工事の見積書(甲第五号証の五)に基づき請負代金を減額して作成したものであり、山崎はこれに控訴人の署名捺印を求めたが、控訴人はその代金を九六三万円に減額するだけでは納得できなかつたもののようで、契印及び捺印を押捺しただけで遂に署名捺印には応じなかつたことが認められる。そして、控訴人本人(原審第一回)は、山崎から擁壁工事の代金を七五〇万円にまけると言われた旨供述する。

しかしながら、右控訴人本人の供述は原審証人山崎喜栄の証言に照らして信用し難く、むしろ前認定の経緯からみると、前記認定のとおり本件建物部分の擁壁工事と本件第二工事である擁壁工事の代金とを合わせて少なくとも九六三万円まで減額することについては控訴人と被控訴人の間に合意があつたものと認めるのが相当である。」

5  同一四枚目表六行目の「三六四三万二〇〇〇円」を「三七六六万二〇〇〇円」と改める。

6  同一四枚目裏二行目の「一〇四三万二〇〇〇円」を「一一六六万二〇〇〇円」と改める。

二  本件請負工事の目的物の瑕疵及びこれによる控訴人の損害

1  本件建物の瑕疵とこれによる右建物の損傷について

(一)  《証拠略》を合わせると、次の事実が認められる。

(1) 本件建物は、三階建てで道路と海浜に挟まれており、海側は一、二、三階が地上に出ているが、道路側は地上に出ているのが二、三階のみであり、したがつて海側一階は半地下の構造となつているところ、本件建物完成後の昭和五八年一〇月頃以降、二、三階ガラス窓、ガラス戸の端からや、三階天井、天井と壁の境等から二、三階の室内に雨水等が浸透し雨漏り状となり、それが壁面や天井板面に拡がつて、天井等から畳上に落下するようになつた。右雨漏り等の程度は三階がより強かつた。そして、昭和五八年から五九年頃には外壁ALC板の所々にひびが入り、これが亀裂に発展し、その数が次第に増加して、現在亀裂等が多数箇所に存する状態となつている。なお右外壁工事は被控訴人の下請けである朝日建工が施工したものであつた。

(2) そこで、控訴人は被控訴人に対し、遅くとも昭和五八年末頃には、その雨漏り等防止のための補修工事を求めたが、被控訴人は前認定の請負残代金を支払わないことを理由に応じないので、控訴人は、同五八年ないし五九年頃、右雨漏り等を防止するべく、東日本制水合資会社等の業者に依頼し、四、五回以上にわたり室内等の雨漏り箇所等を補修した結果、同五九年一二月頃以降雨漏りは以前に比べ抑えられたが、その後も降雨時等の雨漏り等が繰り返し起き、天井、内壁、畳上等にしみが拡がり続けている。

(3) 右雨漏り等の原因は、被控訴人が施工した屋上パラペット最上部の笠木部分の防水シートの巻き込みが十分でなかつたこと及び右パラペット陸屋根部分にかかるシート防水の施工が不完全であつたことなどから、雨水等がパラペット上部等からパラペット内部や防水シート下に侵入し、次いで壁内側や天井裏を通り、開口部及び天井、内壁表面から室内に浸透したこと、また右パラペット上部からの雨水等の浸透により外壁面のALC板が湿潤状態となつたため、右板内に浸透した雨水がALC板を止めている鉄製の釘や鉄筋に錆を生じさせてこれを膨張させ、この結果付近のALC板に爆裂現象によりひびや亀裂を生じさせたこと、右ALC板のひびや亀裂によりさらに雨水等が室内に浸透しやすくなつたことにあつた。

(二)  被控訴人は、被控訴人の本件建物建築工事の施工において、屋上の防水処理は笠木の幅も適切であつたしシートをパラペットの笠木下に巻き込む等完全であつたから、本件建物の右雨漏り等の原因は、被控訴人の施工した工事の欠陥によるものではなく、本件建物完成後控訴人が建築基準法に違反し本件建物の構造計算等を無視して、その屋上に小屋を建築し大型冷蔵庫を置くなどしたためであると主張し、原審(第一、二回)及び当審証人長瀬昌司は右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、右供述中、屋上の防水処理を完全にした旨の供述は、《証拠略》に照らして信用し難く、また屋上の小屋等との関係についても、《証拠略》によると、控訴人が厨房等に使用するため右小屋を建築したのは本件建物の雨漏り等が生じ、外壁ALC板に亀裂等が生じ始めた後の昭和六〇年六、七月ころのことであることが認められるのであり、この事実と《証拠略》に照らし前記証人長瀬昌司の証言はたやすく信用し難く、被控訴人の前記主張は採用できない。

なお右証人長瀬昌司の供述中には、控訴人が本件建物の二階中央部分に当初設計になかつた調理室を設け廃水を流しているため漏水が生じている旨の被控訴人の主張に沿う供述もあるが、後記(三)認定のとおり、同証人の指摘する漏水跡は一階天井裏配水管の漏水によるものと認められるから、右供述は信用し難く、喫茶店の玄関部分を増築したことから漏水が生じたとの被控訴人の主張も、当審控訴人本人の供述によれば、右増築によつて新に漏水が生じたものではないことが認められるから、右主張も採用できない。

なおまた《証拠略》によれば、被控訴人施工の工事においてALC板のカットネイルにアルミ製の釘ではなく、亜鉛メッキを施した鉄釘を用いたため、雨水等の浸透で錆が生じ爆裂現象を起こしたことが認められるところ、《証拠略》によれば、昭和五八年三月以降は右カットネイルにアルミ製の釘を用いるのがイトン製ALC板の標準仕様となつているものの、本件建物建築工事当時には右標準仕様において未だ亜鉛メッキを施した鉄釘を用いてもよいことになつていたことが認められるから、右鉄釘が用いられたことをもつて工事の欠陥とするのは被控訴人に酷であるというべきであるが、右爆裂現象の発生とその発生箇所の増加は、前認定のとおり被控訴人の施工した屋上パラペット最上部笠木部分の防水シートの巻き込み不足等に起因するものであるから、それも被控訴人の施工した工事の目的物の瑕疵によつて生じた損傷であるといわざるを得ない。

他に前記(一)の認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  ところで、本件建物一階中央部の天井板に大きな漏水跡のしみがあり、また一階西側等に結露が存することが認められるが、それは被控訴人の施工した工事の欠陥ないしその欠陥と因果関係のある損傷といえないことについては、原判決記載のとおり(一九枚目裏末行から二一枚目表一行目まで)であるから、これを引用する。

また《証拠略》によると、平成二年七月当時において本件建物の開口部周りにも雨水等の浸透跡が存することが認められるが、右証拠によると、それは右開口部周りのコーキングの自然の劣化によるものとみられるから、これも被控訴人の責任に帰せしめることはできない。

2  補修工事費用について

被控訴人の建築した本件建物に存する瑕疵とその瑕疵によつて生じた外壁ALC板のひびや亀裂等の本件建物の損傷の状況は前記1(一)(1)、(2)認定のとおりであるところ、《証拠略》によれば、本件建物を現状のまま放置すると、今後も雨水等の浸透により降雨時等ばかりでなく雨量等によつてはそれより数日間室内に水漏りし、また外壁ALC板のひびや亀裂箇所がさらに拡大する事態となることは避けられず、瑕疵部分を修復し雨漏り等を防止するには、屋上パラペット最上部の笠木及びその下の防水シートを取り替えて完全な防水処理をし直すとともに、外壁ALC板のうち、ひびや亀裂のある部分を削つてそこにALC板と同質の材料を塗り込めることが必要であり、また雨漏り等によつて生じた二、三階のしみ等を除去し復旧するため、クロス張りの張り替え等の内装及び木部、内壁、天井、建具の補修、取り替えをする必要があること、このために要する工事費は、自然の劣化がみられる開口部周りのコーキングの補修を除き、平成元年四月の時点において、屋上パラペット及び防水シートの補修に七〇万九八四〇円、外壁ALC板の補修に一五五万二七五〇円、屋内の内装等の補修に及び取り替えに一二三万一〇〇〇円、合計三四九万三五九〇円であり、平成二年七月時点においては、屋内の内装等の費用は同じであるが、屋上パラペット及び防水シートの補修に一一一万〇二四〇円、外壁ALC板の補修に二一五万一〇八八円、合計四四九万二三二八円であること、なおこの外に業者に依頼すると諸経費として右工事費の二〇パーセントの相当額の支払を要することが認められる。

ところで、請負人に補修を請求したがこれに応じないので、補修に代わる損害賠償を請求した場合においてはその損害額の算定は、補修請求の時を基準としてその損害額を算定すべきものと解されている(最高裁判決昭和三六年七月七日、民集一五巻七号一八〇〇頁参照)ところ、本件においても、控訴人は被控訴人に対して、遅くも昭和五八年末頃には、本件建物の右雨漏り箇所等について補修を請求したが被控訴人がこれに応じなかつたこと前記1(一)(2)認定のとおりであり、そのため控訴人は、被控訴人が本件請負残代金を請求して提起した本訴訟の昭和六二年九月一日の原審第一一回口頭弁論期日において相殺の抗弁の自働債権として右損害賠償請求権を主張するに至つたもので、さらに平成四年六月二三日の当審第九回口頭弁論期日においてその損害賠償額を拡張し改めて相殺の抗弁を主張していることが記録上明らかであるが、本件においては、右補修請求後においても被控訴人が補修に応じないために、被控訴人施工の工事の欠陥によつて外壁ALC板の亀裂等が拡大しているのであるから、控訴人は右拡大した損害についても被控訴人に対しその賠償を請求できるものと解される。

しかしながら、他方請負人が瑕疵の補修に応じなければ、相当期間経過後においては注文者自らその瑕疵を補修して現実に要した費用の賠償を請求し得るのであり、まして補修に代わる損害賠償請求後においてはなおさら請負人を煩わせることなく自らの責任で補修すべきものである。

したがつて、前記認定の補修費用全部を被控訴人の負担とすることは、信義則に照らし、また損害の公平な負担の観点からも相当ではないというべきところ、《証拠略》によれば、前記認定の補修工事をするには一か月半程度要することが認められるが、被控訴人に補修請求をし相当期間待つたうえ、第三者に補修工事を依頼し第三者が右工事を完成するまでには六か月程度要するのが通常と考えられるので、被控訴人に対し補修請求がなされたのは昭和五八年末頃であるから、同五九年六月末ころは補修が完了し、以後右補修工事が完全である限り被控訴人の工事の欠陥による損傷は生じなかつたのではないかと推認される。しかるところ、右時点で補修費用がどの程度要するかこれを明らかにする直接証拠はないが、控訴人が昭和五八、五九年頃四、五回以上にわたつて補修した結果雨漏り等がある程度抑えられたこと前記1(一)(2)認定のとおりであり、また平成元年四月時点と平成二年七月時点の補修工事費用の見積及び業者の諸経費が前記認定のとおりで、その間の費用増加の程度などを勘案すると、昭和五九年六月末における本件建物の補修に代わる損害賠償額は三八〇万円を下らず、控訴人は被控訴人に対し右限度で右損害賠償を請求できるものと認めるのが相当である。

3  休業損害について

前記1(一)(1)、(2)認定の事実に、《証拠略》によれば、次のとおり認められる。

(一)  控訴人は、昭和五七年一一月以降本件建物二階東側で喫茶店「ポセイドン」を、昭和五八年三月以降二、三階西側で寿司店「カネカ」を営業していたが、同年一〇月以降降雨時等に雨漏りがするようになり、強い降雨時には雨漏りのため、当日はもとより、数日間も水漏りが続いて店舗内の乾燥のためにその間右営業を休業せざるを得なかつた。しかもいわき地方は一日〇・五ミリメートル以上の降水日数が一か月平均約八・三日あり、降雨等の度にしばしば休業していては顧客等に対する信用上も問題で営業を継続することができないため、控訴人は昭和五九年一月頃から同年一二月頃までの約一一か月間継続して休業した。しかし補修工事の結果雨漏り等が従前に比べ抑えられたことから、同五九年一二月中旬頃から前記各営業を再開し、現在に至つたが、右営業再開後も降雨等の度にしばしば休業を余儀なくされている。

(二)  ところで、控訴人は、喫茶店「ポセイドン」の名義により、昭和五七年一二月一日から同五八年一一月までの間、一か月平均約一二四万円の日掛け預金をしているので、当時の「ポセイドン」の売り上げは一か月平均約一二四万円とみられるが、うち従業員の給料等の諸経費は約六五パーセントであつたから、その間の一か月平均純益は約四三万円であつた。

また寿司店の売上は、好調時で一か月当り一〇〇万円程度であつたものの通常は約六〇万円程度であり、そのうち経費はやはり六五パーセント程度であつたので、その純益は一か月約二一万円であつた。

そこで、以上の事実に基づき控訴人の休業による損害賠償額を検討するに、控訴人において被控訴人が補修工事をなすまでの休業による逸失利益相当額の損害賠償を請求できるとすると、控訴人は催促して補修工事をさせるよりもこれを放置して損害賠償を請求した方が得策となつて極めて不合理な結果となるから、この場合も前記説示の補修に代わる損害賠償額の場合と同様に、控訴人が自ら補修工事をなしうる期間内の逸失利益相当額についてのみその損害賠償を請求できるに過ぎないものと解される。

そうだとすると、被控訴人は控訴人に対し、その受けた休業損害のうち前記四三万円と二一万円の合計六四万円の六か月分に相当する三八四万円を限度として右損害賠償の義務を負うものといわなければならない。

4  以上検討したところによれば、控訴人は被控訴人に対し、前記2、3の合計七六四万円の損害賠償請求債権を有すると認められるところ、控訴人が平成四年六月二三日の当審第九回口頭弁論期日において、右債権を自働債権とし、被控訴人の本訴請負残代金請求債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは本件記録上明らかであるから、前記一に説示の被控訴人の控訴人に対する請負残代金請求債権額一一六六万二〇〇〇円から七六四万円を控除すると、右請求債権額は四〇二万二〇〇〇円となる。

三  以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、請負残代金四〇二万二〇〇〇円及びこれに対する工事完成引渡の日である昭和五七年一二月末日の翌日である同五八年一月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余を棄却すべきであるから、これと一部結論を異にする原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川良雄 裁判官 山口 忍 裁判官 佐々木寅男)

《当事者》

控訴人 鈴木 実

右訴訟代理人弁護士 高橋輝雄

被控訴人 株式会社三崎組

右代表者代表取締役 太田和夫

右訴訟代理人弁護士 大谷好信

訴訟復代理人弁護士 真田昌行

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